三島由紀夫原作の『不道徳教育講座』が映画になってるという。
全く知らなかった。三島研究家の瀧沢さんが見つけてくれたのだ。日活で映画にされたという。そして、日活と話をして、ファルムを借りてもらった。
凄い。「じゃ、皆と一緒に観て、その後、椎根和さんとトークをしましょう」と言う。いいですね。ぜひお願いします、と承知した。
そして、6月16日(土)にこの企画は実現したのだ。午後5時から、神保町の坂本さんのところで、まず映画の上映。それが終わって、椎根さんとトーク。
それが又、凄く内容の深いものだった。一方的に三島についての講義を聴かされた感じだ。私は凄く勉強になった。
又、瀧沢さんが司会をやってくれたが、資料も随分とそろえている。話もうまい。私よりも瀧沢さんがトークをした方がよかったのに、と思った。
その資料を見てたら「三島由紀夫映画化作品一覧」という紙があった。知らなかったが、30本以上ある。当時の作家の中では1人だけ群を抜いている。それも「のべ」だという。
何のことか分からないので聞いたら、同じ小説が何度も映画化されている。
たとえば「金閣寺」は他の会社から「炎上」と題を変えて映画化された。又、「黒蜥蜴」も何度もいろんな会社から映画化された。有名なところでは「潮騒」だ。吉永小百合、山口百恵、堀ちえみ…と、いろんな人が出て、映画化された。だから「のべ」なのだ。
私が印象に残っているのは、小学校3年の時に観た「夏子の冒険」だ。それと、50代で観た「にっぽん製」だ。
この2本ともなかなか上映されないし、レンタルビデオ店にもない。三島没後20年か30年の時に大森の映画館でやったので観た。「夏子の冒険」は秋田市で観たのだ。
勿論、三島の名も知らない。親類のおじさんに連れて行かれたのだ。そのおじさんだって三島のことは知らなかったと思う。ただの「冒険映画」だと思って、子供の私を連れて行ってくれたのだろう。
さて、『不道徳教育講座』だ。これが映画になってるとは全く思わなかった。
だって、小説ではない。三島のエッセーだ。それも小さな断片的な話を集めて本にしている。とても映画になどなりにくい。そう思っていた。
ところがなっていた。どんな映画になったんだろう。興味もあった。
日活で1959年に作られている。「60年安保」の前の年だ。監督は西村克己。主演は大坂志郎。
原作の『不道徳教育講座』は今、角川文庫から出ている。これには単行本もあり、「続編」もあるようだが、文庫では一冊にまとまっている。読みやすい。
人間は、もっともっと不道徳なことをやるべきだ。という三島のブラックな提言だ。
例えば、こんな風に。
「知らない男とでも酒場に行くべし」
「大いにウソをつくべし」
「人に迷惑をかけて死ぬべし」
「童貞は一刻も早く捨てよ」
「女から金を搾取すべし」
「友人を裏切るべし」
「弱い者をいじめるべし」
「沢山の悪徳を持て」
…といったことが次々と書かれている。一つの項目について、2ページか3ページだ。それらを大量に集めて、この本を作っている。
果たして、こんなバラバラなことばかりの集合作品が、一つの映画になるのだろうか。
あまり期待しないで私は観ました。ところが、面白かった。私の予測は全く外れた。
いろんな「不道徳」を並べながら、それらが一つのストーリーになっている。これは映画を作った脚本家がうまいのだ。これには舌を巻いた。椎根さんも初めて観たというし、「これは作りがうまいですね」と感心していた。
映画が終わって10分休憩。そのあと、椎根さんとのトークが始まった。
椎根さんは元「平凡パンチ」の編集長。三島番も長いことやっていた。だから三島のことは何でも知っている。
それに、もの凄い勉強家だし、知的だ。三島だけでなく、他の作家、三島が影響を受けた作家、三島が影響を与えた作家などについても、詳しく知っている。
トークの相手に選ばれたのは光栄だが、私ではとても付いていけない。力不足だ。今の文芸評論家だって、ちょっといない。やはり、三島しかいないですよ。そう思っている。
この映画が終わって、「三島と映画」の話をするものと思ってたら、何と夏目漱石と三島の話をする。全く予測のつかない人だ。
漱石の『それから』を読んでたら、三島の『奔馬』との共通性を発見したという。でも2人は全く知らないし、時代が違う。漱石は三島が生まれる前の人だ。名前も知らないし、今後そんな作家が世に出ることも予測はしてない。
でも『それから』を読むと、三島の出現を予言してるという。これには驚いた。
名前やら、使っている特殊な形容詞のことも具体的に取り上げて話をする。凄い。全く気がつかなかった。これは三島だって知らないことだろう。椎根さんは凄いことを知ってる、と又もや感心した。
さらに、マルグリット・ユルスナールの話をする。この人こそ、最も三島を理解した人だという。
この人の本が何冊か日本でも出ている。「これを読みなさい」と1冊の本が前に渡された。『三島あるいは空虚のヴィジョン』(河出書房新社)という本だ。読んだが、難しい。よく分からない。三島を評価してるのは分かるが、あとは理解出来ない。だから当日、ご本人に解説してもらった。この本の訳は澁澤龍彦だ。
この本のカバーには、こう書かれている。
〈私たちのあいだには共通の深淵があるのです。----ヨーロッパ第一級の文学者ユルスナールが三島由紀夫の根源的空虚のありようと、死を決意するに到った謎に正面から迫った注目すべきエッセー。異色の文学論ついに刊行!〉
ともかく、凄い人のようだ。そして、凄い本のようだ。
私には、ちょっと難しかったが。私はまだ本を読んできたからいいが、この日、集まった人たちは、ユルスナールも知らないし、本も読んでない。そして、いきなり椎根さんからその話をされたのだ。大変だったと思う。
でも、誰も帰る人はいない。少々難しいが、これは三島の謎に迫る話だと思い、熱心に聞いている。凄い迫力だった。ちょっとない勉強会だった。こんな勉強会ってあるんだ、と思った。
瀧沢さんの力ですよね。私なんて、とてもやれなかった。自分の理解したことだけを、さらに噛み砕いて話そうとする。
私ならば。だから、こういう高度な勉強会のやり方が分からない。さすが椎根さんだと。さすが瀧沢さんだと恐れ入った。
もうすぐ、三島没後50年だ。その時には、三島映画が又、ドッと出るだろう。私も全て観るつもりで観てみたい。
映画の話だけでも、かなりあるが、それは又、三島の勉強会の時に…。