今年はイヌ年だ。大きな変化の年らしい。
でも、人間の変化の前に、自然界の変化が先行している。
長い間眠ってた火山が突然、噴火した。又、今までなかったような大雪が降った。皆、歩くのも大変だ。
この自然界の変化は、さらに政治の大変化につながるのかどうか。
「雪が降る!」「大変だ!」と騒いでいたが、私なんて、子供時代はずっと雪国だったので平気だし、むしろ、子供時代に戻るようで、何やら、ワクワクする。
私は、幼稚園と小学1年は秋田県の横手市にいた。「かまくら」も体験した。
小学校2年と3年は秋田市にいて、保戸野小学校に通っていた。
小学4年から6年までと、中学1、2年は秋田県の湯沢市だ。湯沢東小学校と湯沢中学だ。そこからは仙台だ。
だから秋田には計9年いた。子供時代といえば、すぐに「秋田」を思い浮かべてしまう。
特に、湯沢での雪の体験は今でも思い出す。
ともかく大雪が降った。世の中全部が白一色になったような感じだ。
その中を、小学生の私は、トボトボと歩き、学校に行った。
夜は、ソロバンを習いに湯沢の中心部に行った。
どんなに遠くても歩くしかない。バスなどはなかった。雪の中を一人、トボトボと歩く。
何を考えながら歩いたのだろうか、今となってはわからない。
ただ、頑張って歩いた。その頃のことを思い出すんだ。こうして東京に雪が降った日は。
東京全体では、それほどでもないだろうが、みやま荘などは、道からちょっと入り込んでいるので、やけに雪が積もっている。
誰も歩かないから、真っ白な雪が高く積もっていて、一歩歩くと、ズブズブと足が沈む。そうしないと進まない。
みやま荘から、出た道もそんな雪道だ。早稲田通りまで出ると、大きい道だから、やっと普通の道になっている。道端には雪だるまが作られている。
そうか。冬には学校の体育の時間はいつもスキーだったな、と思い出した。
他にやることがないのだ。グランドは使えないし、体育館なんて寒くて使えない。だから、スキーをやるしかない。おかげで、小学生からスキーに乗れるようになっていた。
今だって、時々、やっている。去年は北海道に行ったついでにスキーをやってきた。結構出来るようだ。曲がるのはうまくないが、何とか、止まれるし、結構、滑れる。今年はスノボーに挑戦しょうと思っている。
そうだ。夏のスポーツだって、結構やってたんだ。
以前、田中義三さんに会いにタイの刑務所によく行った。
その時、海に行って、結構泳いだ。又、ジェットスキーもやったし、板を借りて、サーフィンもやった。でも、これは全く出来なかった。
又、パラセーリングもやった。あれは気分がよかった。又、やってみたい。
しかし、タイにはあれから全く行ってないな。
田中さんの裁判で、宮崎学さんが人を集めてよく行ったし、空手の人たちと一緒に、ムエタイの練習をしに行ったこともある。
どんな小さな土産物屋さんにも国王の写真が飾ってあるし、皆、国王を尊崇している。日本と似ていると思った。
格闘技の練習で海外に行ったのは、タイとロシアだ。
タイでは、ムエタイの道場に通い、又、ムエタイの試合をよく観た。
ロシアではサンボの練習をやるために何回と行った。
日本よりも、「論理的」に教えている。サンボは柔道に似ているが、柔道以上に技の数が多い。技への入り方も無限だ。その技を研究している研究所もあるくらいだ。
教え方も実に理論的だ。ただ「根性だ!」なんてことはない。まるで物理の授業のように教えてくれる。
新潟から飛行機に乗ってハバロフスクに行き、そこで一週間、ホテルに泊まって、サンボをやるのだ。主に、大学の講堂を使わせてもらった。
又、夜は時間が空いた時に、アイスホッケーの試合も観た。
これこそ肉体のぶつかり合いだし、格闘技だと思った。
今となっては懐かしい。又、行ってみたいものだ。
ロシアやタイに行って肉体を動かし、格闘技をやって、ヘバるまでやっていた。キツかったけど楽しかったと思う。
今は、こんなことはないなー。ぶっ倒れるほど体を動かすことはないし。それに下半身が弱い。ちょっとしたことで、転んだりする。全く、だらしがない。情けないと思う。
この前、列車に遅れそうなので走った。しかし、気ばかり焦って、前傾姿勢になり、それで、足がついていかない。と思ったら、転んでしまった。変だな。こんなことで転ぶのかよ、と思った。
一昨日も転んだな。雪がなくなると、コンクリートが現れていたからもう大丈夫だと思って歩いた。
氷の上に足が乗って、ススーッと体が持っていかれた。ハッ!とした。慌てて離れた。だから、気をつけて歩いたつもりだった。
でも、ボーッとしてたのだろう。ステンと転んだ。受け身を取るどころではない。又、取らなくてよかった。その方が怪我をしてただろう。
「大丈夫ですか」と、知らないおばさんが駆け寄ってきた。カッコ悪かった。「大丈夫ですよ」と言って立ち上がった。気をつけなくっちゃ。
年をとると、こういう「日常生活」の中で転んだりすることが多くなるそうだ。
家の中でも転んだり、ベッドから落ちたり、階段で落ちたり、とある。あっ、連合赤軍の植垣さんが階段から落ちて手を骨折してたよな。
老人は二階に上がっちゃいかんよ。落ちるし。あるいは背中を押される。私も気をつけよう。でも、みやま荘には階段がないから大丈夫だ。
そうだ。平面を歩くよりは、斜面を歩く方が体にいいそうだ。だから、お寺の階段を昇るのも健康のためになる。
よし、それじゃトレーニングのために、どこかお寺回りをしよう。と思った。
山寺なんかもいいよね。あれは千段くらいあるのかな。伊勢の神島も長かった。三島は平気で昇ったらしい。私はゼイゼイ言いながら昇った。
そして、基礎的なところからトレーニングをやり直してみようと思っている。読書のように、ノルマを決めてやるとか。そして、本を書くとか。
そうだ。恵観さんの新年会のレポートで、書くのを忘れてた。
『なぜ今、池口恵観なのか』という本を買って、読んだ。田原総一朗さんが書いた本だ。
この新年に買ったのではなく、1ヶ月ほど前の「恵観塾」の時に買った。
著者も面白いが、出版社が面白い。何と「バジリコ株式会社」なのだ。私の本を出してくれたところだ。
『天皇陛下の味方です』を出してくれたし、大々的に宣伝もしてくれ、話題になった。
だから、そのことを恵観さんに言った。バジリコがやってるんだから大丈夫ですよ。これは売れます。話題になりますと言った。実際そうなってるようだ。
うーん、実にいい本だ。
〈日本人が忘れ去った、生と死、そして祈りの力。硬派ジャーナリストが異色の真言行者に語らせた日本人必読の思索の書〉
と帯には書かれている。その通りの本だった。これはいい本を読んだと思った。
田原さんは言う。
〈池口恵観。「宗教と人間」という普遍的かつ優れて現在的なテーマにおいて、私が今最も関心を抱く人物である。そのスケールの大きさと予測不能で破天荒な行動力は私を惹きつけてやまない〉
そして今『SPA!』(1月30日号)をパラパラとめくっていたら、ウエスギタカシの『革命前夜のトリスタたち』が目についた。
「今週のトリスタ」として村本大輔さんを取り上げていたからだ。
ウーマンラッシュアワーの漫才師だ。私は〈Abema Prime〉で二度ほど一緒にやっている。とても頭のいい人だ。
年末と元旦にも見た。驚いた。年末の『THE MANZAI』では原発、沖縄、そして、アメリカと日本…など、マジに切り込んでいた。
又、元旦の『朝まで生テレビ』にも出ていて、健闘していた。あんなに大変な番組で、よくあそこまで喋れたもんだと思う。
それに、『THE MANZAI』の方もすごかった。これは漫才を超えている、と思った。
外国の日本批判。アメリカの批判を見て、こんなことをやっていると見せ、さらに、「俺たちは関係ないや」とばかりに笑っている客席に向かって、「それはお前たちだよ!」と突きつける。
えっ、いいのかよ。こんなことして。と思っちゃった。
すごいですねー。『THE MANZAI』や「朝生」に出てるだけでも勇気があると思ったのに、けなげに闘っている。逃げない。偉い。「お笑いだからいいだろう」という妥協もない。
これはすごい。感動しましたね。いい番組を見たと思った。僕らじゃ、こうは出来ない。
やっと今頃になって、いい本に出会ったり、いい番組、いい人に出会えたりしている。
これは嬉しいことだし、ありがたいと思う。
①「帰ってきたヒトラー」は面白かったし、怖かったです。それにしても、よく、ドイツで作ったと思います。ヒトラーにたまたま似ていた芸人が出て、「笑い」をとるのです。そのうち「主張」し出します。「芸人だから」と思ってた人や政治家も怖くなります。これは「お笑い」じゃない、本物だと言い出す人もいて…。コスモで観ました。すごかったです。