8/8は号外が出ました
天皇陛下は8月8日(月)、午後3時より、象徴としての在り方や公務についてのお気持ちをテレビを通じて表明されました。「生前退位」への強いご意向を示されました。
このご放送のあと、天皇陛下のお仕事、象徴、皇室典範…などについて、政府、議員、学者、評論家などが意見を述べておりました。
街を歩いていたら、何と、号外が出ておりました。「生前退位強いご意向」と大きく書かれていました。これは産経新聞の号外です。
およそ10分間の「お気持ち」の中で、身体の衰えについてこう述べられています。
「既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」
亀山社中の跡で
これが一番大きな理由だと考えられていました。
「生前退位」のご意向は、かなり前から宮内庁の人達にも言われていたそうです。
宮内庁の幹部たちは驚き、思いとどまってもらおうと、必死で言ったそうです。
「これまでの陛下のなさりようで、国民は知っています。公務をされずに形だけの天皇になられたとしても異を唱えるものなどいません」と。
「形だけの天皇」というのは極端な表現だが、でも、公務は大幅に減らしてもらった方がいい。日本に天皇陛下がいて下さるだけでありがたいのだから。
と、僕なども思ってました。政府にしても多くの国民にしても同じ思いでしょう。
ところが陛下は、「そうじゃない!」とぴしゃりと、言われたそうです。
アッと思いました。これほど象徴としての公務を厳しく考えておられたのかと思いました。こう言われたのです。
龍馬の像の前で
「そうじゃない。違うんだ。象徴としての務めを果たせないなら退くべきだ」と。
「形だけでも」「いて下さっているだけでも」と甘く考えていた我々はピシャリと否定されたのです。
健康な時に、全身全霊を以ってやった公務と、体調を崩して「全身全霊」とは言えなかった時の公務では、違いが出る。「公務が不平等になる」。
そう言われるのです。凄い決意ですね。
「お仕事を減らしてあげたら」「形だけでも」「おられるだけでもありがたい」などと我々は言いますが、それでは全くダメだと言うのです。
これは「闘う天皇」です。「元首」という規定よりも、ある意味「象徴」の方が厳しいのかもしれません。
今までなかった。陛下が自ら象徴になることによって作り上げてきたものだからです。
それは、「おことば」の中にも言われています。
「長崎チャンポン」発祥の店・四海樓
「私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じても来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」。
こうした行動があって初めて象徴なのだ、と言われてます。
形だけのものであったら、退位したほうがいい。
そういう厳しい決意と覚悟をもっておられるのです。
チャンポンとギョーザを食べました
政府や国民の側が、「じゃ、ご公務を減らして」などと考えるのは、余りに失礼な話なのです。
それと、陛下は自らのお身体の心配をしてるのではありません。
これからの日本の、そして皇室の長い歴史のことを考えているのです。
だって、これは驚きでしたが、代が替わる時に、余りにも長い間、重い殯(もがり)の行事が続き、国民の暮らしにも大きな影響を与えることを心配しているのです。
あっ、そうなのか。ご自分のお身体のことではなく、こうした将来のことを心配されていたのか。と思いました。
ちょっと長いですが引用です。
映画を撮りました
「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります」
西村修平氏と
これには正直驚きました。
こう言う長いタームで、皇室と日本のことを考えておられ、心配されていたのです。
ご自分の病気や、体力の衰えの問題ではなかったのです。
あえて、「殯(もがり)」の行事を持ち出して、「これでいいのか」と国民に問いかけたのです。
排外主義化し、右傾化する政府に対してではなく、テレビを通し、国民すべてに訴えたのです。
「これは平成の玉音放送だ」と保阪正康さんは言ってました。東日本大震災に続いて二度目です。
「事にあたっては、時として、人々の傍らに立ち…」というお覚悟と決意を示されたのです。
それだけ〈象徴〉という存在は重いということでしょう。
そして、長い眼で見て、皇室と日本の将来を考えるのだと言います。
きむきがんさんのひとり芝居
「そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました」
堂々とした象徴天皇論だ。そこまで考え、心配して下さっていたのかと国民としてはただただ頭が下がります。
「英邁な君主と愚鈍な政府・国民」という言葉が思い浮かびました。
辛淑玉さんと
陛下の平和への想いを理解せずに、他国を罵倒し、挑発し、「ほら、日本を批判する国があるから強力な軍備を! 憲法改正を!」と叫んでいる政府。
それに対し、「男らしい」「頑張れ」と言う国民。
なぜ、分かってくれないのだろう、というお気持ちがあると思います。
でも、それは一切出されず、自らのお仕事をもっともっと強化し、全身全霊で取り組まれる。さらに、皇室と日本の安定的な将来を考えられる。
「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました」と結ばれている。
「ここで、このお言葉は終わっていいはずですが、あえて、次のことを付け加えたのでしょう」と、保阪正康さんは言ってました。
きむきがんさんと
「国民の理解を得られることを、切に願っています」。政府や国会議員ではなく、直接、国民に話しかけ、理解してもらおうと考えたのでしょう。これは非常に重い言葉です。
いろんな人が、いろんなことを言ってます。「でも、生前退位は認められない」「摂政を置かれたらいい」…と。
でも、皇室のこと、日本のことを一番考えておられるのは陛下です。陛下のお心のままにされたらいいと思います。これに添うように政府も全力を尽くすべきでしょう。
雨宮さん、香山さんと
⑯8月11日(木)午後1時より。反ヘイトスピーチの「のりこえねっと」集会。〈のりこえ祭り。3年目も本気(マジ)!〉です。
第1部のシンポジウムを見ていたら、途中から辛淑玉さんに呼ばれ、壇上に上げられました。