2018/11/19 鈴木邦男

一週間、入院してました

入院中です 入院中です

申し訳ありません。先週は新しい原稿をアップ出来なくて。先週の水曜日から一週間、病院に入院してました。それで何も出来ませんでした。

一生の間には、こんなこともあるもんですね。皆さんにはご心配をかけましたし、申し訳ありませんでした。

先週HPで少し書こうと思ったのですが、病院で寝ていて、とてもそんな余裕はありませんでした。

経過だけ、ちょっと説明しておきます。11月7日(水)の昼ですね。事故に遭ったのは。

コピーを取ろうと、近くのコンビニに行く途中だったのです。

でも、このところ、足が弱って踏ん張れないんですね。この時も、フラッとして「転んじゃ大変」と思い、近くの石の壁に手をついた途端に、頭をぶつけ、顔面を強打し、ドバーッと鼻血が流れたんです。

そこにいた人が驚いて、人を呼んでくれました。そして、奥からそこの家の人があわてて出てきて、声をかけてくれ、私は、そこにうずくまって休んでました。

犬も吠えて、近所の人もゾクゾクと集まってきました。そして、「こりゃ、大変だ」「救急車を呼ばなくちゃ」と言い合ってました。そして、呼んだんです。

私はストレッチャーに横たえられ、それから救急車に。そして、「ここからだと警察病院が近いから、そこへ行きます」と言われたんです。

そして、治療や検査。そして、「即入院です」と言われたんです。

そして、一週間、入院してました。

退院出来たのは一週間後の11月14日(水)です。病院の中では、ともかく検査、検査、そして治療。ご飯は三食食べられたし、とてもバランスの良い食事で、助かりました。ともかく、よく寝ました。よく食べました。

鼻の骨が折れました 鼻の骨が折れました

「そうだ。ここは飯田橋なのかな」と思ってましたが、「いや、中野ですよ」と言われました。

そうか、昔は警察病院って、飯田橋にあったけど、今は中野に移ったんだ。と初めて気がつきました。

学生時代、左翼の内ゲバで重傷を負った人がいて、見舞いに来たことがありました。飯田橋に。

それ以来、何か、〈事件〉がらみの人が入るところだと思ってました。ここだと、敵対党派が来ても防げる。マスコミの取材からも守られる。そんなことがあって、入る人ばかりだと思っていた。でも今は違うようですが…。

今は警察からは独立した、普通の病院です。もっとも警察の人は多いし、事件がらみで入る人も多いようだが。それに自分から希望してここに入る人も多いそうだ。

ともかく、普通なら、とても入れない病院です。ここに、私は入院したのです。とてもいい勉強になったと思います。

しかし、一週間入院し、体の方は大丈夫なのですが、仕事は全く出来ませんでした。皆に心配をかけました。学校も休んじゃうし、劇団「再生」の芝居のプレトークにも出られませんでした。申し訳ありません。

11月10日(土)だったかな。劇団「再生」で三島の『殉教』をやるという。そのプレトークに出てくれと言われていて承知した。

これは多分、三島が一番やりたかったことだ。自分の体を盾にして、あらゆるものを引き受け、そのことによって〈主張〉する。

国家の問題や、運動のことや、人間のことなど、そのほか全て、訴えた芝居だ。

そう思っていた。そのことを言いたいし、ぜひ見てみたいと思った。

食事中です 食事中です

ところが、退院は出来ない。ちょっと外に…と言ってもダメだと言う。

他の病院と違い、警察病院だ。警察がダメと言ってるんだ。仕方ない。脱走しようかと思い、色々と考えた。何とか出来るかもしれない。他の人と一緒に「見舞い客」に紛れて外に出て、タクシーで会場へ行く。

でも、警察官が追ってくるかもしれない。会場に警察官がなだれ込み、逮捕されるかもしれない。そんなことを心配した。

だって、刑務所を脱走した人や、面会室から脱走した人は、何日も逃げ回っていたが、最後は捕まった。そして、逮捕時に乱闘になり大怪我を負った。だから、捕まった人はこの警察病院に連れて来られた。

だから、私も捕まったら、皆に迷惑をかける。高木さんにそう言ったら、「いや、欠席していいんですよ。そこで残念ながら脱走は諦めて、寝ていて下さい」と言う。今回のはビデオで観て、この次は、トークに参加しようと思っている。

他にも入院中は、いろんなことを考えた。それは又、これから書いていく。

一週間後やっと退院出来た。今は自室で寝ている。

「杖を買って下さい。そして、靴も」と医者に言われた。その通りにしている。それで、少しずつ歩いて、のんびりしている。何とか、向上していと思う。体を治さないと、気持ちもふさぎこんでいる。

他にも、会う予定だった人と会えなかったり、行く予定だった集会などに行けなかったり、随分と不義理をした。申し訳ありません。

早く治して、元気になって、又、頑張ろうと思ってます。では、まずはお詫びまで。

富山ガラス美術館
富山ガラス美術館
ガラス美術館の前で
ガラス美術館の前で
市役所から市街を見る
市役所から市街を見る
とてもきれいな街です
とてもきれいな街です
富山城で
富山城で
富山城天守閣で
富山城天守閣で
富山城で
富山城で
天守閣から
天守閣から
ここから船に乗りました
ここから船に乗りました
ライフジャケットを着て乗船しました
ライフジャケットを着て乗船しました
船に乗る前ですね
船に乗る前ですね
交番を取材中の飛松さん
交番を取材中の飛松さん
船のコントロールセンターで
船のコントロールセンターで

【だいありー】

浦和で田中さんの会に出た
浦和で田中さんの会に出た
玉城デニーさんの闘いの映画を観た
玉城デニーさんの闘いの映画を観た
会が終わって
会が終わって
  1. 11月7日(水)昼、道で転んで流血。近所の人が救急車を呼んでくれて、中野の警察病院へ。助かった。それで一週間、そこにいた。
  2. 11月14日(水)午後に退院。あとは通院して治療することに。
  3. 11月15日(木)学校の日だが、休む。随分と休んでいたような気がする。申し訳ない。
  4. 11月16日(金)今日から少しずつ外に出て、歩く。ステッキを買ったので初めはオドオドと歩く。
  5. 11月17日(土)寅と会う。
  6. 11月18日(日)山形から弟が見舞いに来てくれる。申し訳ない。

【写真説明】

入院中です

①11月7日(水)から一週間、中野の警察病院に入院しました。多くの方々のお見舞いを頂きました。ありがとうございました。「せっかくだから写真を撮っておきましょう」と言われて撮りました。

鼻の骨が折れました

②顔も怪我していますね。

食事中です

③食事中ですね。朝、昼、夕と、1日三度、食事を食べました。栄養的にもとてもバランスが良い内容で、おいしい食事を頂きました。

富山ガラス美術館

④これは前に書いたのですが、富山合宿の時ですね。富山市にある富山市ガラス美術館です。とても素晴らしい美術館でした。

ガラス美術館の前で

⑤そこの前で。左から寅次郎君。私。岩井さんです。

市役所から市街を見る

⑥市役所の上から、富山市内を見ました。

とてもきれいな街です

⑦とてもきれいな街だと思いました。山々がきれいですし、遠くには海も見えます。

富山城で

⑧富山城にも行きました。

富山城天守閣で

⑨富山城の天守閣に登りました。左から、飛松さん、寅さん、鈴木、レーニンさん、岩井さん。

富山城で

⑩富山城の入り口で。飛松さん、レーニンさんと。

天守閣から

⑪富山城の天守閣に登りました。眺めがいいです。

ここから船に乗りました

⑫この城の下から船に乗りました。そこから進んで、大きな河に合流する時に、大量に水を吐き出して、水位を10メートル下の海面に合わせ、そこで進みます。「パナマ運河」方式で進むのです。

ライフジャケットを着て乗船しました

⑬船に乗るときは、ライフジャケットを着けて乗りました。もし事故に遭ったら、泳いで脱出するようにです。

船に乗る前ですね

⑭これは船に乗る前ですね。

交番を取材中の飛松さん

⑮そのあと、事故のあった交番を取材する飛松さんです。中に入り、話を聞いて帰ってきました。

船のコントロールセンターで

⑯これは、我々の乗った船のコントロールセンターです。船をプールに入れて、そこで水を吐き出し、水位を下げて、外の大河に進むのです。ここで動かしていたんですね。

浦和で田中さんの会に出た

⑰浦和で、田中さんの会に出ました。日米地位協定の勉強会でした。

玉城デニーさんの闘いの映画を観た

⑱沖縄の選挙の映画も観ました。玉城デニーさんが勝った選挙です。とてもよく出来た映画でした。

会が終わって

⑲その会が終わって、皆で記念撮影をしました。田中さん、その左は三島研究家の瀧沢さんです。

【お知らせ】

  1. 11月24日(土)。三島由紀夫・森田必勝 両烈士顕彰祭。
    第1部 追悼顕彰祭。
    第2部 特別記念講演。荒谷卓氏(陸上自衛隊特別作戦群初代群長)。
    演題「三島・森田精神を現代に活かすとは」。
     出席希望者は一水会に連絡を。03(3364)2015 です。